トンデモ電波本「死者よりの嘆願書」



これは有川正志という方による自費出版本(98年11月刊行)。小部数な上、在庫もないようなので、現在は国会図書館でしか閲覧できないと思われる。
内容は「宮崎勤は冤罪だ。私は真犯人を知っている。それは私の知人の不動産業者“N氏”だ!」という告発である。
「マジ!?実は真犯人がいたのか!?」と最初は興味津々で読み進めたが、そのうち、あまりのバカバカしさにめまいを起こし、何度も机に突っ伏しそうになった。

ハッキリ言ってこれは、頭がどうかされた方の妄想本である。

こんなゴミ本を当サイトで採り上げるつもりなどなかったのだが、小池壮彦氏が「疑惑の死刑執行〜」でこの本の内容をパクり、さも事実であるかのように書いているので、やむを得ず検証ページを作った。

恐らく小池氏は「こんなマイナーな本、こっそりパクっても誰も気付かないだろう」と思ったに違いない。




●小池氏の引用部分

この本の妙チクリンな所を上げていけばキリがないが、とりあえずは小池氏が引用している部分を中心に検証していこう。




疑惑の死刑執行」




●N氏のキテレツな特徴

では、有川氏の本から御紹介していく。(以下、小池氏の文章は青字で表記)。

有川氏は、N氏が真理ちゃん事件の犯人だとする根拠として、以下のような特徴を上げている。




                      死者よりの嘆願書」68ページより       疑惑の死刑執行」

N氏が「白のプレリュード」に乗り「ハンチング帽」をかぶっていたから真理ちゃん誘拐の犯人なのだそうだ。だが、これらは、


●絵梨香ちゃん失踪時に目撃されたという「ハンチング帽の男」

●真理ちゃん宅に段ボールが置かれた日に目撃された「黒のプレリュード」(実はただのやじ馬)

●真理ちゃん宅に段ボールが置かれた日に目撃された「白のワゴン車」(実は無関係)


の、三つの情報がゴチャ混ぜになっている。恐らく、それぞれの事件資料を見ているうちに、有川氏の頭の中でゴッチャになってしまったのだろう。

(朝日新聞89年12月16日)

そもそも真理ちゃん失踪の8月22日に、こんな人物やプレリュードの目撃情報は一件も無い。ハンチング男が目撃されたのは12月で、黒のプレリュードが団地で目撃されたのは、半年後の2月なのだ。

小池氏もさすがに「白のプレリュードはちょっとマズイな」と思ったのか、引用の際にわざわざ「黒」に書き換えている。

なお、ささいなツッコミだが、真理ちゃん宅は狭山団地ではなく入間市の団地だ。

もうこの時点で、アホらしくて本を放り出しそうになるが、まだこんなのは序の口である。



●赤いズック?




                      「死者よりの嘆願書」89ページより         疑惑の死刑執行」

有川氏は真理ちゃん失踪の数日後、N氏の事務所で腐敗臭を嗅ぎ、赤いズックを見たという。だが真理ちゃんが失踪時にはいていたのはピンクのサンダルなのだ。

(朝日新聞89年2月8日)

埼玉県警のポスターに記された真理ちゃんの失踪当時の服装

下は一条しげるという方の「“今田勇子”と“黒いプレリュードの男”の点と線」から。これも内容は実に下らない、小池氏の記事の劣化コピーだ。
この方も“不動産業者・
N”の話をパクっているが、「赤いズック」はちゃんと「ピンクのサンダル」に書き直している。




「ザ・ハードコアナックルズ」06年2月号より

「考え過ぎ」と失笑するのではなく、有川氏の本から面白がってパクっているお二人が、姑息な辻褄合わせをしているのに失笑してしまう。

そもそもN氏が実在の人物なのかどうか不明だが(と言うより、そんなことはどうでも良くなってくるが)、「幼女趣味の変質者ではないか」と勝手に妄想される方もたまったものではない。



プレリュードをレンタル?




疑惑の死刑執行」

そもそもプレリュードが目撃されたのは真理ちゃん失踪の8月ではなく、段ボールが団地に置かれた、翌年の2月だ。基本的な間違いだが、それは置く。

仮にN氏がプレリュードをレンタルしたとしよう。だが大量の捜査員によって、レンタカー会社も当然くまなく洗われたのだ。段ボールが置かれる日の前の数日間に「黒のプレリュード」を借りた人物が、何百人もいたとは思えない。

免許証を提示して借りるレンタカーを犯行に使うなどという、間抜けこの上ない犯人が
N氏なら、とっくに重要参考人として事情聴取されていたはずではないか。



カローラUを処分?




                      「死者よりの嘆願書」86ページより             疑惑の死刑執行」


「遺体発見後にカローラUを処分した」――!?

そんなことをしたら「私が犯人です」と言ってるようなものだ。ひき逃げ事件の捜査でも、警察が真っ先に調べるのは修理記録と廃車手続き記録だ。そんな人物がいたらクロの線濃厚ではないか。

「車さえ処分すればバレっこない」――そんな素人考えで誤魔化しおおせるほど、警察はバカじゃない。


この話によると、カローラUの解体届出書の名義は
T氏だという(N氏のスポンサーらしい)。ならば、彼を調べれば簡単にN氏が捜査線上に浮かんだはずである。

なのに、半年以上も経ってから「宮崎が自供したので
Nの捜査を打ち切った」――???どう考えてもあり得ない話だ。

下は脱輪車に関する有川氏の推理。「犯人はN氏だと確信した」その理由が‥‥




 死者よりの嘆願書」86ページより

このオチには爆笑してしまいました(^ ^)。


O氏”登場




死者よりの嘆願書」23ページより

やれやれ…この本は全部有川氏の妄想か……?と思いきや、実在の人物らしき人が登場した。

月刊誌に宮崎冤罪説を書いた
O氏と言えば、当サイトではお馴染み?の小笠原和彦氏その人ではないか(ただし確証はないのでここでは一応O氏と書く)。
有川氏はそのO氏と、宮崎事件の疑問点を話し合う。

殆どは
O氏の著書にも書かれたことで、対話をしたこと自体は事実のようだ。だがその他の話となると、とてもO氏が語ったとは思えないトンデモ話が次から次と飛び出すのだ。

ちなみに以下のバカ話は、O氏の著書には一切出てこない。念のため、その点はご注意願いたい。




死者よりの嘆願書」24ページより

嘘はこっちの方だ。火葬場の焼却温度は800〜900度である。それでも骨の殆どの部位は白い灰状になるのだ。

1,300度とは、殆ど溶鉱炉の温度に近い。そんな高温で骨など焼けば、完全に燃え尽きて消失してしまい、鑑定どころではない。実際の骨の状態はこうである。


(朝日新聞89年2月12日より)

8月19日のスポーツ新聞に「焼却炉付近からニワトリの骨」の記事がある。「ケンタの骨が出た」はそこからの思いつきだろう。小池氏も、2003年の漫画実話ナックルズにこの話を書いている。

「漫画実話ナックルズ」03年VOL・7より

だがそれを「人骨は出なかった」なるデマにすり替えるのもタチが悪い。畑の土の採取と捜索は8月15日から行なわれ、約一ヵ月後の9月9日に分析を終了している。結果が以下の記事。

                               (毎日新聞89年9月9日)                 (読売新聞89年8月25日)

ニワトリの骨と人骨をどう鑑定すれば見誤れるのだろうか。

何度も言うが、どうあっても「畑から人骨は出なかった」と主張したいのなら、いい加減、一度くらいは説得力のある反証材料で証明をされては如何か。
もっとも、このように何度書いたところで、御本人はしらばっくれ続けるのだろうが。

まぁ、ケンタの話はともかく、以下はこの本の最も悪質な部分である。




 死者よりの嘆願書」26ページより


E・N(難波絵梨香)ちゃんの父親は、M・K(今野真理)ちゃん事件の容疑者だった」
根も葉もない悪質なデマだ。イニシャルにしてごまかしているが、誰のことかはすぐに分かる。小部数の自費出版本だから目につかないだけで、一般雑誌でこんなことを書けば名誉毀損で訴えられてもおかしくない。


M・K(今野真理)ちゃんの父親は朝5時に出て帰らなかった」
今野さんが出勤のため早朝ドアを開けたのは事実だが、不審な段ボールを発見し、その場でただちに110番通報しているのだ。


K(今野)さんは絵も淡々と描いている。なんだか不思議でしょ」
これはある意味、最も許しがたい物言いである。

今野さんは宮崎逮捕後の8月に、一枚のパステル画を描いている。真理ちゃんが成長して、幸せになっているイメージを描いたという。
「父親としてできることは、これぐらいしかありませんから」と。
(朝日新聞89年8月13日より)

それを時系列をゴッチャにし、「娘の生死も分からないのに淡々と絵を描いている変な男だ」と言わんばかりの書き方をしている。

事件について調査しているはずの
O氏が、こんなことを語ったとは考えられない。O氏の発言を騙った有川氏の妄言の可能性大だ。
この方は「恥」という言葉をご存知なのだろうか。





 「死者よりの嘆願書」26ページより

このO氏との対話部分は、どこからどこまでが事実なのかサッパリで混乱してしまうのだが、「N氏の事務所で綾子ちゃんの生首を見た」なる話を聞くに及んで、(この人ちょっとアタマおかしいんじゃ……)と、O氏も引き始める。実際、この後はお互い接触はしていないようだ。

何一つ裏を取ったとは思えない珍説を披露しておいて「これが私の創作なら、今頃天才推理作家だ」とは、どこまでもお目出度い方と言わざるを得ない。




何かしらのトラブル?

N氏の犯行の動機は「今野氏、難波氏らとの間にあったトラブル」だと、有川氏は言う(別のページではN氏を「幼女趣味の変質者」と書いているのだが‥‥)。




                        「死者よりの嘆願書」52ページより          疑惑の死刑執行」

この文章の前後に、N氏が普段どんなに素行の良くない人物かが列挙される。いわく、

N氏は麻薬関係で逮捕歴がある」「N氏はヤクザから6000万円の取立てを受けていた」「N氏に一億円以上を騙し取られた社長がいる」「N氏に手形をパクられ、首を吊った者がいる」「拳銃(トカレフ)の密輸を手伝わされ、服役した者がいる」……etc。

そうして「N氏が今回のような事件を起こしても不思議ではないのかも知れない」と書く。



相手本人ではなく、その幼い娘をさらって殺すとは、常軌を逸した残忍な報復だ。
しかも金銭を得られる訳でもなく、発覚すれば自分が無期や死刑になり得るではないか。リスクが高過ぎる。報復のために殺人を犯すほどのトラブルとはいったい何なのか。


有川氏はバクゼンと「何かしらのトラブル」としか書いていない。
N氏の他の行状はこれだけ具体的に書いているのに。

想像で話をでっちあげたはいいが、トラブルの内容までは思いつかなかったと見える。


金銭トラブル、怨恨関係は「鑑取り」といい、警察の捜査のイロハのイだ。まだ無差別な誘拐事件とは誰にも分からず(営利誘拐の線でも捜査が進められていた)、手がかりはそれしかない状況なのだから。

今野、難波両氏の人間関係は嫌というほど調べられたはずだ。何者かとトラブルがあり、それを隠してる可能性も有りとして、失踪前の電話の通話記録まで調べているのだ。

だが一年間もの捜査で、N氏らしき人物が浮かんだ形跡はどこにもない。

こんな話のどこを信用しろと言うのか。




死者よりの嘆願書」66ページより

犯行声明、その他ハガキ類に書かれた住所が正確だったので「被害者の両親を知っている人物だ」と推理している。だが、被害者の住所も氏名も、連日、これでもかと新聞に出ていた。宮崎自身が、それを見て書いたと供述しているのだ。



「私の筆跡だ」

何より極めつけのイカレ話が、これ。

N氏は自分の筆跡を隠すため、有川氏に犯行声明の宛名書きをさせた、というのだ。




死者よりの嘆願書」59ページより

「私はN氏に頼まれて(そのときは犯行声明とは知らずに)“朝日新聞社御中”と書かされた。だから私の筆跡と封筒の筆跡を調べれば、私の話が事実だと証明されるはずだ」と言っている。

開いた口がふさがらないが、犯行声明も告白文も、実物は“朝日新聞社御中”ではなく“朝日新聞東京本社社会部様”である。


(朝日新聞89年3月11日より。写真は告白文)




死者よりの嘆願書」139ページより

「手袋をはめて投函したから私の指紋は出なかったのだ」そうだ。では宛名書きをしてる最中も手袋をしていたのだろうか(笑)。

また、これもささいなツッコミだが、犯行声明が投函されたのは瑞穂町ではなく青梅市のポストである。
よしんば、有川氏がN氏に利用され、犯行声明の宛名を書かされたとしよう。だがその一ヵ月後に全く同じ筆跡の告白文が送られているのだ。

“今田勇子の犯行声明”が大ニュースで報じられる中、告白文の宛名書きもさせられたと言うのだろうか?それについての説明は一切書かれていない。

それに「知らずに宛名を書かされた」のに、なぜ宛名の文字が本文と同じカクカク文字なのか。

だいたい、自筆の封筒が犯行に使われたのなら、なぜその時点でN氏を犯人と確信し、通報しなかったのだろうか。有川氏はそうした行動を全くとっていない。



ビデオに蝉の声




死者よりの嘆願書」125ページより

「ぼくの大切な宝物」云々の“迷言”は、「死体のビデオは宝物」からのもの。

このセリフを引用してるということは、有川氏は件の検面調書の文章を読んでいる訳である。ならば「蝉の声が入ってるビデオ」とは、真理ちゃんのビデオのことだと分かるはずではないか。

それをどういう訳か、有りもしない吉沢正美ちゃんの遺体ビデオと勘違いし「正美ちゃんが誘拐された10月3日にはもう蝉は鳴かない。ビデオは犯行時のものではない」としている。しかも、撮影場所は五日市町の山中なのに「奥多摩」と勘違いしている。
一事が万事この調子である。呆れてものが言えない。
小池氏が出典を明示していないのも無理はない。こんなイカレポンチな本がネタ元だとは、さすがに書く訳にいかないのだろう。




捜査当局にマーク?




死者よりの嘆願書」143ページより

この記述を信用するなら、どうやら有川氏は実際に何度も警察に赴き、この“N氏真犯人説”を説いたようである。だが門前払いというか、相手にもされなかったようだ。

無理もない。有川氏はこの宮崎事件だけでなく、帝銀事件や三億円事件についてまで「私は真犯人を知っている!」と警察に主張し、自費出版本を出しているのだ。その内容は推して知るべしであろう。これでは迷惑がられても仕方あるまい。





 死者よりの嘆願書」    疑惑の死刑執行」

有川氏は「警察はN氏を確実にマークしていた」と、勝手に「思っている」だけだ。それが小池氏の引用では「捜査当局はマークしていた」となるのだ。有川氏も有川氏だが、小池氏の“上塗り”にも困ったものである。




キリがないのでもうやめよう。とにかく“不動産業者・N”の話は、かくもスカポンタンな代物だということだ。

小池氏は怪談モノの著作を始め、原発、天皇、北朝鮮関連の社会派ルポも多く手がけており、その守備範囲の広さには敬服する。
だが、こと宮崎事件の記事に関しては、こんな妄想電波本をこっそりパクっている時点で、その信憑性は完全にアウトだ。

彼のブログのプロフィール欄には、このように書かれている。http://blog.livedoor.jp/koike_takehiko/

1963年生まれ
東京都出身
作家・ルポライター

この「死者よりの〜」といい「塗り潰されたシナリオ」といい、ちょっと検証すればボロが出まくるインチキ本を元に、さらに怪しげな話をこしらえるような御仁が、ルポライターを自称している。

ルポライターと名乗りたいのなら、それはご自由だ。御自分にその資格があると、お思いならば。

※このプロフィール欄は、2014年5月9日以降、氏のブログから消滅している。

不思議でならないのは、この有川という人は、なぜこんなメチャクチャな内容の本を、わざわざ自費出版で出したのか?ということだ。

「オレは、あの有名な大事件の真犯人を知ってるんだぜ」「オレってスゴイでしょ」と、世間に自慢したかったのだろうか。そうして(言わせて頂ければ)、幼稚な自尊心を満たしたかったのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれで、一抹の哀しいものを感じてしまうのだが。

有川氏は前書きによると、糖尿病で失明し腎不全を患っておられるらしい。それが本当だとすれば(ついこんな書き方をしてしまうのもアレなのだが)、大変お気の毒な身の上ではある。

だがそれと、このような、被害者遺族への誹謗中傷に近い内容の本を出版することの、道義的な責任は別問題である。



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