アポロ捏造にキューブリックも関与?にツッコむ


サイトのトップページで、このブログを宮崎冤罪説の見本として、リンクを張らせてもらっているのだが。

冤罪?東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤に死刑執行

この作者が運営している別のブログに、こんなエントリがあった。

http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2012/08/16/6543271

アポロ11号の月面着陸はウソだと決め付けておられる訳だが、これはこの方に限ったことでない。どうやらテレビのバラエティー番組で放送されたアポロ捏造疑惑を、多くの人が信じ込んでいるようである。


2003年に「ビートたけしの世界はこうしてだまされた!?」で、映画監督スタンリー・キューブリックが、月面映像の捏造に関わっていたなるトンデモ話を放送。
これがそのテレビ番組。フランスのアルテ社製作 (動画削除の場合はご容赦)。

アポロ月面着陸映像は本物か?捏造にキューブリックも関与 1

アポロ月面着陸映像は本物か?捏造にキューブリックも関与 2



●ジョーク番組を信じ込む人々

この動画がYoutubeで流れて以降、上記のブログを含め、これをもマジ話と思い込む人々が後を絶たないようだ。

神戸だいすき アームストロング船長が亡くなりました。
わんわんらっぱー アポロの月面着陸はキューブリックがセットで撮影しました
ニクソン大統領が「SF超大作」の制作を決断
アポロ月面着陸の真実?その2 - 目を覚まして日本人!

等々、あげればキリがない。月着陸否定派に言わせると、これこそアメリカの陰謀の証拠であるらしい。「陰謀」の根拠が「テレビで見たから」って‥‥オイオイである。

この方たちは、この番組がインチキな“フェイク・ドキュメンタリー”だということをご存知なのだろうか?

ジョーク番組にツッコんでも仕方ないのだが、キューブリックは個人的に思い入れのある監督だ。このページでは、彼の関与疑惑のアホらしさをメインに検証しておこう。



●切り張りされた“証言”

番組ではラムズフェルドやキッシンジャーなど、そうそうたる人物が、あたかも「月面映像はニセモノだった」と告白しているように見せている。

実はこれは湾岸戦争やウォーターゲート事件のインタビューから、「アメリカの強さを認めさせるため」等のセリフを抜き出して、それらしく編集しているだけ。「美味しんぼ」に出てくる金上みたいなことをしている訳である(51巻参照)。

彼らの発言にも、キューブリック元夫人の話にも、よく聞けば「アポロ」等の固有名詞は全く出てこない。

 「Operation Lune」より
相変わらず絵に描いたようなタカ派顔ですな

もしこれだけの政府要人が、本当にこんな“証言”をしたのなら、とっくに世界中で大ニュースになっていなければおかしい。

全ての科学関係の書物や百科事典を書き換えなければならないではないか。なのになぜ然るべきメディアで扱われず、チンケなバラエティー番組でしか扱われないのか?

陰謀論者が大好きな「マスコミに圧力がかけられた」等の話は、ここでは通らない。何しろ当人らが自らカメラの前で語っている(ことになってる)のだから。


●実在しない“関係者”

IMDBのサイトに、この番組のキャストが載っている。キューブリック、ニクソンらはもちろん“Himself”で、本人の映像使用。

IMDBより

だが他の怪しげな“関係者”らは、殆どが俳優による演技だ。元ニクソン大統領秘書のイブ・ケンドールなる女性は、ヒッチコック監督作品「北北西に進路を取れ」に登場する女スパイの名前の流用(パロディー?)である。

           「Operation Lune」より                 MGM映画「北北西に進路を取れ」より

このイブ・ケンドール役はバーバラ・ロジャースなるオバチャン。

          


           「Operation Lune」より                 WB映画「シャイニング」より
映画プロデューサー、ジャック・トランスも、キューブリック作品「シャイニング」で、気が狂う主人公の名前。
ジャック・トランス役はデビッド・ウィンガーなるオッサン。


IMDBで検索すれば、そのような名のプロデューサーは実在しないことが分かる。つまりこれらは番組製作者による、映画通向けのくすぐり、もしくは“お遊び”なのだ。
全長版では他に「デビッド・ボーマン」なる人物もいる。もちろん「2001年宇宙の旅」に出てくるボーマン船長だ。

●セットを流用?
(番組ナレーション)
「『2001年宇宙の旅』の月面セットがまだロンドンに残されていたことを知ったラムズフェルドは、そのセットを流用することを考えた」

この話も全くのウソッパチ。
その「2001年〜」の月面映像。左は、人物がいる岩山のみがセットで背景はフロントプロジェクション

右は、月面で発見されたモノリスの調査シーン。中央の、四角い工事現場の縦穴みたいな部分だけがスタジオセットで、周りの風景は“絵”をマット合成したもの。


MGM映画「2001年宇宙の旅」より

映画の中で人間が月面上にいるのは、実はこの2シーンのみである。他は全てマット合成やミニチュアセットでの撮影だ。このハリボテの岩山と縦穴のセットを、どう流用したら下のような写真が撮れるのか?

Apollo Image atlasより

おまけにその縦穴セットは、65年の、撮影開始一週間後に解体されている。

ヴィンセント・ロブロット著「映画監督スタンリー・キューブリック」晶文社より

「ラムズフェルドが流用を考えた」69年には「2001年〜」の月面セットなど影も形も残ってなかったのだ。それに見比べれば分かるが、「2001年〜」と実際の月面探査映像は似ても似つかない。


●戦略エリアに入れた?
(番組ナレーション)
「(アメリカ政府は)キューブリックに“貸し”がある。『博士の異常な愛情』を撮影する際、国防総省の戦略エリアに
入る特別な許可を与えたことがあったからだ」

よくもまァこんなバカバカしいヨタ話を堂々と放送できるものだ。

「博士の異常な愛情」の製作前年にはキューバ危機が起こり、米ソのピリピリ度は半端ない時期であった。

現在でこそ巨匠のキューブリックも、この頃はまだ独立したての無名監督。そんなどこの馬の骨とも知れぬ男を、警戒厳重な国防総省の戦略エリアにホイホイ入れるなどあり得ない。

「博士〜」は、ぶっちゃけ「おバカな軍人らによって核戦争が勃発しちゃう話」である(笑)。そんな映画に協力する軍の方がどうかしている。

実際、軍はこの映画への協力を完全に拒否。冒頭にはこんなテロップを入れさせられる始末だ。



コロンビア映画「博士の異常な愛情」より

初期の007映画も担当した美術スタッフ、ケン・アダムが描いた「博士の〜」の戦略ルームデザイン画。全く架空のデザインです。


NASAが貸し出した?
(番組ナレーション)
「それは撮影に使われたレンズが、暗闇でもスパイ衛星を撮影できるという特殊な物で、軍事的な意味からその存在すら秘密にされていた物だからである。この、世界に一つしかないレンズを、なぜNASAがキューブリックに貸し出したのか?」

キューブリックが75年の映画「バリー・リンドン」で、ロウソクの灯りのみで撮影できるレンズを探していたのは事実。

彼は西ドイツのカール・ツァイス社がNASAの依頼で、F0,7という驚異的に明るいレンズを開発したことを科学雑誌で知り、個人で注文したのである。
別に「軍事的に秘密」でも「世界に一つしかないレンズ」でも何でもない。「
NASAが貸し出した」もデタラメ。この件に関して、キューブリックとNASAは何の接点もない。


ヴィンセント・ロブロット著「映画監督スタンリー・キューブリック」晶文社より

これを読むとキューさん、ちょっとケチな印象だが、オンドリチェクは納得している。レンズ本体の購入よりも、それを撮影用に改造する方が大変だったようだ。

それはそうと「暗闇でもスパイ衛星を撮影できる」の意味が分からん。スパイ衛星は地上300〜600キロメートル上空を飛んでいる。「スパイ衛星から地上を撮影」なら分かるが、地上からスパイ衛星を撮って何の意味があるのか?



●機密文書をプレゼント?

「キューブリックの遺品を整理していたら、アメリカ政府の機密文書が出てきた」という話もウソ臭さプンプンだ。

仮にキューブリックが捏造に関与したとしても、仕事が終われば用済みの人物のはずである。その彼がなぜ政府の機密文書を私物で持ち続けていたのか?関係者に記念品としてプレゼントでもされたのか?

奥さんがその文書を手にしている1カットでもあれば、グッとリアリティーが増したのに。

捏造が事実なら、アメリカにとってキューブリックは、いの一番に口封じしなければならない人物のはずだ。だが彼はその後30年、新作が発表されるたびに全世界で話題となる稀有な監督として、映画人生を全うしたのだ。

世界が注目する巨匠が国家ぐるみの陰謀に関わっていた――!そんなスキャンダルが、なぜテレビ番組で放送されるまで発覚しなかったのか?彼の研究本は世界中で大量に出版されていたというのに。



●暗殺を恐れた?

スタンリー・キューブリック監督は生涯飛行機に乗らず、イギリスへ移住してしまいました。(中略)実のところは、暗殺を恐れていたのでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/Takaon/20091118

また、キューブリック監督も、アポロ計画後は、決して飛行機には乗らず、死ぬまで妻と共に家にこもり、最晩年には、すべての映画を自宅で撮影していたそうです。
http://www.asahi-net.or.jp/~pb6m-ogr/ans087.html


ブー!大外れである。彼はアポロ11号の8年も前、61年からとっくにイギリスに移住しているのだ。62年の「ロリータ」ですでに、オール英国内での映画制作スタイルを始めている。

キューブリックの飛行機嫌いは有名だが、実は彼はパイロット免許を持っている。だが20代の頃、エンジントラブルによる不時着で死にかけて以来、トラウマになったようだ。
暗殺を恐れたというが、政府関係者?の間でこんな会話でもあったのだろうか。

「キューブリックの口封じをしなきゃならん。奴を消せ」「しかし奴はイギリスに住んでます」「ガッデム!そんな遠い所じゃ手が出せねぇ」

本当にやるとなったら、地球の裏側へ行って何年もかけて、サダム・フセインやビン・ラディンを仕留める連中である。全くヘソが茶を沸かす話だ。



●忙し過ぎます

アポロの有人月着陸は、1969年〜72年まで7回行われた(うち一回は事故で途中帰還)。だが70年〜72年は、キューブリックは英国で「時計じかけのオレンジ」の制作真っ最中だったのだ。

映画の撮影ともなればスタッフや出演者など、100人前後の人間が監督の周囲をウロウロする。その合間を縫って、誰にもバレずに、アポロ捏造映像を作り続けていたというのか?そんなことを三年間も続けてコソとも発覚しなかったなど、考えられない。


●どれだけの人々が口裏を?

もし月面映像が捏造なら、当時のアポロ計画に加わったNASAのスタッフ3万人(外部スタッフを含めれば10万人以上)、ケープカナベラルで打ち上げを見ていた数万の群衆、アポロの電波をキャッチしていた各国の天文台、全ての人々が30年以上に渡って口裏を合わせ、秘密を隠し続けていたことになる。

それだけのスケールの隠蔽工作がどうすれば可能なのか。誰か一人でも秘密をバラさぬよう、全員を尾行し、盗聴し、行動を監視し続けていたのだろうか。そんなことを数十年間も続けたら、とっくにアポロ計画の予算すらオーバーしているはずだが。

自分の尻に火がついたウォーターゲート事件すら隠蔽できなかったニクソンに、そんな国家ぐるみの隠蔽がどうしてできたのか。

この件について、否定派の説得力ある回答をついぞ見たことがない。「だって陰謀だから」でお終いである。

だいたいそんなチャチな捏造に、当時の宿敵だったソ連がなぜ気づかなかったのか。


●仕事をサボっていた?KGB工作員

番組にはそのソ連の、元KGB工作員ディミトリ・マフリーなる人物が出てくる。

ちなみにこの名前、「博士の異常な愛情」に出てくるディミトリ首相(ソ連)と、マフリー大統領(アメリカ)をくっつけたジョーク。つまりこれも架空の人物だ。

           「Operation Lune」より               コロンビア映画「博士の異常な愛情」より


彼は当時NASAの写真を分析し、その大ウソを見抜いたというが、そんな重大な事をなぜすぐ上に報告して、大々的な反米宣伝に使わなかったのか?あの(自分たちに有利な)宣伝が大好きな国が?

宿敵アメリカのウソを世界に公表する大チャンスだったのに、なぜ30年以上も経ってから今頃こんなことを?
そもそもKGBは国境警備、国内外の諜報活動が任務であり、NASAの月探査写真の分析など、全く専門外のはずなのだが。
それは当時のソ連宇宙開発のメイン、第一設計局(
OKB-1)の仕事のはずだ。

また、本人が“元KGB工作員”と名乗るのも非常にオカシイ(字幕では“former KGB agent”)。

KGBは準軍事組織であり、退職した者でも「大尉」なり「少佐」なり、元の階級を名乗るはずである(ちなみに現ロシア大統領・プーチンは元KGB中佐)。



●フィルムが凍る?

マフリーなる男は「月面ではマイナス50度にもなり、フィルムやレンズが粉々になるはずだ」と語る。では南極の風景やオーロラを撮った写真なども全部“捏造”なのだろうか。
http://photo.kaza.jp/?eid=1093277
http://www.asahi.com/eco/nankyoku/gallery/101222_sea/

その辺で売っているフィルムでも、マイナス2〜30度程度なら十分使用できる。しかも温度について全くカン違いをしている。

確かに月面は100度〜マイナス100度以上にもなる。だがそれは表面温度であり、その熱や冷気を伝える空気が存在しない。魔法瓶と同じで、真空そのものが理想的な断熱材となるのだ。たちどころにフィルムが焼けたり凍ったりはしない。


Apollo Image atlasより

「月面ではケース無しに写真など撮れないはずなのです」
マフリーはまるでフィルムを裸で持ち歩いていたかのように話すが、ちゃんとカメラ本体のケースに収められてるではないか。


●2時間で激変?


Operation Lune」より

「月ではわずか2時間で〜」こういうのを“子供だましのウソ”という。

月面上で太陽が出てから沈むまでは、地球時間にして14日間かかるのだ(月の1日は地球の約1ヶ月)。地平線から太陽が昇りきるだけでも半日がかりだろう。わずか2時間で表面温度が激変するなどあり得ない。



確かに昼の部分と夜の部分では極端な温度差があるが、アポロ計画ではちゃんと、活動に丁度良い、月面での夜明けの時間帯に船外活動を行なっていたのだ。

●いかがわしさ炸裂の写真

(番組ナレーション)
「その答えはマフリーが明らかにした二枚の写真にあった。それらの写真は
NASAが絶対に現像しなかったものだという。

一枚は飛行士の影がそれぞれ違う方向を向いたもの。そしてもう一枚は、月面に残されたキューブリックの写真」


このマフリーなる男、NASAが現像しなかった二枚の写真を明らかにしたという(“明らかにした”の意味が不明。持ってたのか?)。

その一枚がコレだそうだ。確かに二人の飛行士の影の向きが違う。

Operation Lune」より 

ネタバラシをしよう。下はアポロ16号での、連続写真の三枚。

Apollo Image atlasより

三枚の写真の一致点を重ね合わせてみる。


ご覧の通り、別々の写真をつなぎ合わせて一枚に見せ、「影の方向が違う」とやっているのだ。

元の写真は、飛行士携帯のハッセルブラッドカメラで撮られている。二人しかいない月面で、同一画面に二人の飛行士を写せる訳がない。

「月着陸は捏造だ」と言っている人たち自身が、こんな
しょうもない捏造に騙されている訳である。

…まァ好きにしてくださいw

二枚目の写真も腹がよじれる。

Operation Lune」より

何でわざわざ、月面セットに監督のポートレートを置いた写真なんぞを撮っているのか(爆)。

これは下の、アポロ16号でチャーリー・デューク飛行士が撮った写真のパロディー。彼が月面に家族の写真を置いて撮ったものに、キューブリックの顔をはめ込んだだけ。周りの影やテカリ具合が全く同一だ。

Apollo 16 ≪ Lights in the Darkより

これは完全な“ネタ”であり、この番組の“オチ”である。つまり「今までのは全部ジョークですよ」と、最後にタネ明かししているのだ。にも関わらず、真に受ける人が後を絶たないのだから不思議だ。



http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-262.htmlより転載

番組の最後に入った「にせドキュメンタリーだった!」の注釈(4月1日に放送、は事実かどうか不明)。

Youtube動画では、この最後のネタバラシ部分はカットされている。少々悪質だ。

http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-262.htmlより転載

フランス国内でも「悪ふざけが過ぎる」と非難されたらしい。



●それでも信じたい?

こんなバカ番組を、それでも信じたい人は「まァどうぞお好きに」という感じである。これを真面目に信じている人がいると知ったら、きっと番組製作者らは腹を抱えて笑い転げるだろう。

冒頭のブログに戻るが、宮崎冤罪説だのアポロ捏造説だのと書いている人は、筆者に言わせれば「私は自分で何も調べず、ネットのデマに踊らされる人間です」と自己紹介しているようなものだ。





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