参考・当時のカナ表記について

石川氏の文章や脅迫状に共通する、「つ」を「ツ」のように、ひらがなとカタカナを混在させる書き癖は、何も特殊なものではない。

戦前〜戦中の時代は、公式文書にはカタカナが使われていた。小学校に上がって書き方を学び始めるときも、最初はカタカナから習得するものだった。下は昭和16年から使われた国語教科書。通称「アサヒ読本」。

『図説教科書のあゆみ』(1971年 日本私学教育研究所 編)より


石川氏が小学校に上がったのは、昭和20年の終戦の頃。戦後の物資不足期であり、軍国主義的な箇所を抹消させた、いわゆる“墨塗り教科書”を一時期使った世代であろう。

だが貧困のため、幼い頃から家計を助ける労働をせねばならず、氏はまともに読み書きを覚える機会のないまま成長した。ひらがなは靴屋の店員時代、そこの娘さんに「あいうえお」から順に教わったという。

そのような境遇に育った者が、ひらがなを習得した後でも、馴染んだカタカナを混用するのは不思議でも何でもない。どころか、この時代に教育を受けた人にとっては、別段珍しいことではないのだ。

下はある日本兵の、戦地からの手紙。「イハツヲ大切に 時計ヲ自分と思い ネジヲ切ラサヌ様」

http://ameblo.jp/hanamaru3833/theme-10072370134.htmlより転載

Wolfgangがしつこく『「つ」を「ツ」と書いてるのが共通する!脅迫状を書いたのは石川だ!』と短絡するのは、こうしたことに無知だからであろう。
また、早退届の「五月1日」を捕まえて「アラビア数字と漢数字を混ぜて書く奇癖」と、これもしつこく脅迫状と関連付けているが。
下は戦中から使われた、通称「水色表紙教科書」算数。

http://togetter.com/li/679163より転載

ご覧の通り、この時代の教科書は漢数字とアラビア数字がチャンポンである。ではこの教科書を書いた人も「奇癖」の持ち主?(笑)

ちなみに参考までに。脅迫状の「ツ」は、促音として小さく書くべきところは、ちゃんと「ッ」と書かれている。

(脅迫状)

だが石川氏の上申書では、促音も普通と同じ大きさに書いているか、促音自体が書けていない。

(石川氏の上申書)

11・“一文字鑑定家”〉でWolfgangは、「上申書はわざと下手な字に書いて偽装したのだ」としている。字を崩すことは誰でも思いつくだろうが、促音のサイズまで、計算して偽装できるものだろうか。


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