17・「ならず者は警戒せよ」




「狭山事件 一問一答 冤罪論の疑わしさをめぐって」より



このWolfgangに限らず、狭山事件を推理する人たちの意見の中には「あの養豚場が怪しい」「あの養豚場は犯罪者の集まりだった」などの物言いを、ちょくちょく目にする。

ではその人たちは、当時石田養豚場の近所に住んででもいたのか?実際に「養豚場の○○に殴られた」「養豚場の○○に物を盗まれた」等の被害でも受けたのか?

そうではあるまい。多くの狭山事件本にお決まりのように書かれる「養豚場は不良のたまり場だった」等の一文に、先入観を刷り込まれているからではないか。

「養豚場には前科モノがいた」を根拠にする人もいる。ならば当時、養豚場以外の、3万6千余の狭山市市民には前科のある者は一人もいなかったというのだろうか?

「前科モノだから疑われて当然だ」と言うなら、当時周辺に住んでいた前歴者は、みな均等に疑われてしかるべきなのだが。

差別を煽ったマスコミ

当時の新聞記事の、見出しの数々。


現在ではおよそ考えられないが、当時はマスコミが競い合うように、部落差別を煽る記事を書いていた。


犯罪の温床四丁目部落―善枝さん殺しの背景

善枝さんの死体が四丁目に近い麦畑で見つかったとき、狭山の人たちは異口同音に「犯人はあの区域だ」と断言した

(63年6月24日 東京新聞)



環境のゆがみが生んだ犯罪―用意された悪の温床

石川の住む『特殊地区』には、毎年学校からも放任されている生徒が10人ぐらいいるという…
こんどの事件の捜査の過程で、同じような犯罪を犯す危険性を持つ多数の若者達の存在が浮き彫りにされた

(63年5月25日 埼玉新聞)

「ロクな手持ちはない」

警察は養豚場関係者二十数人を容疑者としてリストアップ。警察、検察は彼らのアリバイを立証することで、言わば消去法的に、アリバイが不確かだった石川氏を犯人として絞り込んだ訳である。

つまり、皮肉にもその見込み捜査によって、彼らは善枝さん事件での潔白が証明されていたことになる。

そもそも石川氏自身の別件逮捕容疑が、やれ鶏や材木を盗んだ、誰それを殴った等の微罪だ。

もし彼らが言われるような“犯罪者集団”で、凶悪な余罪が発覚したら、片っ端から行きがけの駄賃?で検挙されたはずである(それは部落青年の悪質さをアピールできる絶好の機会ともなったろう)。

しかしそんな者はいない。窃盗容疑で別件逮捕された養豚場経営者らも、結局起訴はされていない。
このことは狭山警察署長の「これ(石川)が白くなったら、もうあとにロクな手持ちはない」のセリフが、図らずも証明している。

50年前の“噂”を現代に

別に筆者は、彼らが全員高潔な聖人君子だったなどと言うつもりはない。

しかし窃盗やケンカなどの暴行事件があったからと言って、それを本件の殺人・身代金誘拐という凶悪事件に結びつけ、「やったのはあいつらだ」と短絡するのは、当時の部落外の者が抱いていた偏見をそのまま現代にバラ撒く行為に過ぎない。

まさにそれがWolfgangの狙いな訳だが。 

これは現在でも変わらぬことだが、一度前科モノのレッテルを貼られたら、世間はもうそういう目でしか見ない。そうした白い目で見られる者たちが、同じ、スネに傷持つ者同士の安心感で寄り集まるのは、ごく自然なことだ。

そしたら今度は、さらにそれを「あいつらはならず者の集まりだ」と指を差す訳である。全く救いがない。

「あいつは犯罪者だ」と指を差すのは、生まれてこの方、どんな些細な悪事も犯したことのない、清廉潔白な者だけがやっていいことだ。

いかがわしいペテンを駆使して石川氏を犯人呼ばわりし、デマを流すWolfgangは、筆者から見れば立派な“ならず者”である。

伊吹隼人氏の著作について


「狭山事件 女子高生誘拐殺人の現場と証言」 社会評論社 (2010/02)

数ある狭山事件本の中でも、善枝さんの人物像など、これまであまり顧みられなかった部分を紹介している点などは秀逸だ。

関係者へのインタビューは、苦労して取材したことが伺える。謎に満ちた“細田証言”がなぜ隠蔽されたかについての考察なども、非常に説得力がある。総じて労作と言えよう。

だが著者の伊吹氏は、インタビューでこんなことを語っている。


(略)本名で出したかったのですが、よく「狭山事件本の著者は脅迫や嫌がらせを受ける」と聞いていますので・・・。残念ですが今回の本は経歴も全て隠してペンネームで発表することにしました。
(略)某団体の方たちの説などに真っ向から異を唱えている部分もありますので、用心するにこしたことは無いかな、とも思いました。

「狭山事件を検証する」狭山事件石川犯人説 より引用


本名を隠して発表したのは「脅迫や嫌がらせを受ける」「用心するにこしたことはない」からだという。伊吹氏はいったい何を恐れたのだろうか?

それはズバリ、氏がこの著書の中で「養豚場従業員(部落民)が犯行に関わったのではないか」との説を唱えているからだ。

「脅迫云々」の物言いはどこかで聞いたことがある。そう、本項21.で考察している〈内田証言〉の『ただ恐ろしかったのです』と、どこか通底するものを感じてしまうのだが。

確かな根拠があってそう言われるのなら、納得もできよう。だが本のラストの〈養豚場従業員関与説〉は、氏のバクゼンとした想像が書かれているに過ぎない。
(ちなみに伊吹氏はそこで、彼らをたびたび「荒くれ者」と表現している。

まるで『北斗の拳』とかに出てくる、筋骨隆々にモヒカンでガラの悪い、女を見ればヨダレをたらして「グヒヒヒ…」と笑うような、マンガチックなイメージで捉えておられるように思えてならないが)。
特に、個人的に嫌な感じに引っかかるのは、関係者・住民へのインタビューで半数近くの人に「当時の養豚場の評判はどうでしたか?」と質問していることだ。

そして多くの人から「あそこは悪いのが集まってた」「昼間から酒かっくらってた」等の答えを引き出して掲載している。

「事件を聞いて誰が犯人だと思いましたか?」と、わざと「養豚場」の答えに誘導するかのような聞き方をしているところもある。あたかも、自説を裏付ける証言を求めるかのように。

そうでないと言うなら、どのような理由でこの質問をしたのだろうか。

下は多部トシ子さん(仮名)に質問している箇所。

養豚場の話を振られた多部さんは「…こっちじゃそれは分かんねえな…」と、殆ど聞き流しているのに、伊吹氏は是が非でも養豚場の“悪評”を引き出したいのか?、丸々1ページに渡って食い下がっている。この執拗さに筆者は笑ってしまった(^_^;)。



「狭山事件 女子高生誘拐殺人の現場と証言」 P243〜246より

本文P55では(仮名に置き換えてはいるが)、養豚場関係者の名前を上げ「誰某には○○の前科があった」と書いている。

繰り返しになるが「前科があるから怪しい」と言うなら、養豚場以外の、近隣一帯の前歴者も公平に〈疑惑リスト〉に載せるべきである。

「捜査線上に浮かんだ者のリストを書いただけだ」と言うなら、なぜことさらに、養豚場関係者の前科まで書く必要があるのか。それを書いた理由を、御説明願う訳にはいかないだろうか。

真犯人は(少なくとも今のところ)誰にも分からない。その意味では確かに、犯人は部落民でないと断定もできない。部落民であろうとなかろうと、犯罪を犯したなら、それは公平に処罰されるべきであろう(もっとも、善枝さん殺害の件はとっくに時効であるが)。

伊吹氏が〈養豚場関与説〉を主張されるのはご自由だ。ただ、御本人に揺るぎない確信があるのならば、別にコソコソせず、堂々と本名で発表すれば良いではないか、とは思うが。

狭山事件本として労作とは思うが、根拠もなく〈養豚場(=部落民)関与説〉を広めている箇所がある、との指摘はさせて頂こう。

何かを書いて世の中に問うという行為は、賞賛もされるが、批判されるリスクも負うことを、物を書く人なら常識として覚悟していよう。
筆者のこの文章を伊吹氏が「嫌がらせ」と受け止めるなら、それもまたご自由だが。




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