2・重大な矛盾?




「狭山事件 一問一答 冤罪論の疑わしさをめぐって」より


自筆は自筆でも

「1967年頃から読み書きの独学を始めたというが、1963年の時点で、石川は立派な手紙を書いている。重大な矛盾」なのだそうだ。

その証拠として掲載しているのが、この手紙である。




「狭山事件 一問一答 冤罪論の疑わしさをめぐって」より



この手紙がどのようにして書かれたのか、本当はWolfgangは知っているはずである。

知っていて「石川は読み書きができないと言いながらこんな立派な手紙を書いている。石川はこんなにウソつきなんだぜ」と、吹き込もうとしている訳だ。全くペテン師という他はない。

これは浦和拘置所の森脇刑務官に書いてもらった手本を、石川氏が書き写したもの。それはちゃんとこのように証言されている。


中田弁護人:あなたは石川君がどこかへ手紙を書きたいというようなときに石川君に字を教えてやったりしていたんじゃないですか。

看守 :はい、してやりました。

弁護人:よく、そういうことがあったんでしょう。

看守 :はい。

弁護人:文章のほうも、こういうふうに書けばいいんだというようなことは、石川君に教えてやったことがあるでしょう。

看守 :はい、あります。

弁護人:石川君は手紙を書くたびにあなたに相談してましたか。

看守 :はい、してました。

弁護人:石川君は字をよく知っておりましたか。

看守 :あまり知らなかったんじゃないかと思います。

弁護人:初めの頃はむしろ、石川君がこういうことを言いたいんだがということをあなたが聞いて文案を書いてやって、それを写していたんでしょう。

看守 :石川被告の言ったことを、私が書いてやったまでです。

弁護人:そのあなたが書いたやつを、石川君がそれを見ながら、葉書なり便箋に書くと、こういうことをしていたわけですね。

看守 :そうです。

(二審第14回公判調書)「狭山事件を検証する」狭山事件 手紙の手本 より


Wolfgangは、狭山事件関連本を相当読み込んでいるようだ。ならばこのエピソードを知らないとは、考えられないことだ。

知っていてわざと伏せているのだろう。


「書いてもらっていた」




「狭山事件 一問一答 冤罪論の疑わしさをめぐって」より


石川氏が浦和拘置所から東京拘置所に移された日付と、手紙の件と何の関係があるのかサッパリ分からないのだが。

とまれ、森脇氏に「書いてもらっていた」のは手本である。森脇氏は代筆などしていない。手本を見ながらの“自筆”なら、誰でもちゃんとした手紙が書けよう。

それをあたかも「手本無しに自筆で書けていた」かのように、読む人をわざと誤解させるように書いている。ここでもWolfgangはウソをついているわけです(笑)。


「ツ」と「つ」

ちなみにくだんの手紙について。
前半は漢字が正しく使われた、いかにも教科書的な定型文だが、後半の〈「それから」内の人につたエてください〜〉以降は、当て字やカナが混在した、少々拙い文章になっている。

前半は森脇氏の手本を写したもので、後半は石川氏が付け加えたオリジナル文と思われる。刑務官が手本を書いたら「面会」をひらがなにはしないだろう。

すかさずWolfgangはこの部分をつかまえ、




と、「ツ」を得意げに脅迫状との共通点としているが、


の「つ」の方は、わざと無視している訳であるw

むしろこの手紙は、定型的な前半とやや稚拙な後半が並ぶことで、当時の石川氏の文章力が示された、明瞭なサンプルとなっている。


戻る

トップへ戻る
inserted by FC2 system