20・子供だましのペテン




「狭山事件 一問一答 冤罪論の疑わしさをめぐって」より


「10年で出してやる」と言ったのは関源三ではない

Pauli Wolfgangなる者が弄しているペテンの、見本とも言えるモノだ。

「認めれば10年で出してやる」とウソをついたのは、関巡査部長
ではなく長谷部警視である。たいていの狭山事件資料本に書かれているエピソードだ。Wolfgangが長谷部警視の名を知らなかった訳はあるまい。

石川氏と知り合いだった関巡査部長宛ての手紙を掲載し「〈男の約束〉を反故にされてこんな親しげな手紙を書くのは辻褄が合わない」と書いている。

ここでわざと長谷部警視の名を出さず「警察との〈男の約束〉」と書くことで、二人をゴッチャにし、読む人に誤解を与えようとしているのがミエミエだ。


Wikipediaの記述も、これと全く同じ手法である。




Wikipediaより


WolfgangがWikiを丸写ししたのか。それともWikiに記述したのがWolfgang本人、又はその同類なのか。その辺のところは分からない(と言うよりどうでもいい)が。

いずれにせよこうしたチンケなペテンを弄してまで、「〈男の約束〉があったなんて石川のウソだぜ」とばかりに、初心者?にデマを刷り込もうという悪意だけはハッキリと感じとれる。


※注―関巡査部長

関巡査部長は、石川氏が参加していた少年野球チームのリーダーで、石川氏にとっては信頼を寄せていた人物であった。この事件では疑惑に満ちた“大活躍”をしている。

一ヶ月近く拘束され、ハンストをするまで追い詰められた石川氏は、体力的にも精神的にも限界であったろう。そこへ馴染みの関氏が現れた。
石川氏はそのときの気持ちを「地獄に仏だった」とまで語っている。むろんこれは、頑なに否認している氏を“落とす”ための作戦に他ならない。


このとき長谷部警視らは(兄にはアリバイがあったことをわざと教えず)「お前が吐かないなら兄貴を逮捕するしかない」と、責め立てたという。

そこへ関巡査部長の“泣き落とし”が決定的となり、(自分が罪をかぶることで兄の逮捕が免れるなら…)と、石川氏はついにニセの自白をしてしまう。
石川氏は長谷部警視の「認めれば10年で出してやる」というウソも信じ込んでしまった。警察官が量刑を決められる訳がない。当時の氏の無知につけこんだ、まさにアメとムチだった訳である。

その後、長谷部警視にハメられたことに気づいた石川氏は、二審で一転、無罪主張を始める。長谷部警視に対しては獄中日記で何度も罵っているが、関氏個人に対してはその後も数年間、(一方的な)信頼感を寄せていたようだ。「関さんだけは本当のことを言ってくれるはずだ」と。

無罪主張に転じた後も、関氏にだけは上記のような手紙を送っていたのは事実であり、その矛盾した行動に弁護士らはほとほと困惑したという。

64年と71年の二審公判において、二人は法廷で直接応酬した。だが71年公判で、石川氏の、カバン発見経緯の不自然さへの追求をのらりくらりと誤魔化し、保身に汲々となる関氏の姿に石川氏は絶望したようだ。氏は翌年の1月にこのような歌を詠んでいる。

関巡査(しんゆう)と決めた心はくだかれて 思うは涕(なみだ)の寒夜は長し



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