5・「偏見にすぎません」(笑)




「狭山事件 一問一答 冤罪論の疑わしさをめぐって」より


これを書いたWolfgang自身の薄汚い差別意識が丸出しで、もはや笑ってしまうQ・Aだ。


「当時の被差別部落の人たちは読み書きができなかったと聞きました」

このQ.自体がバカそのものなのだが、そのヤラセ設問に「ウソです」と返すことで、まるで部落民全体がウソつき集団のようなイメージを与える。Wolfgangはあちこちで、この嫌らしい文章テクニックを駆使している。

「ウソです」と言うなら、そのウソをついた人を非難すべきである。Q.をしている人は、誰からそのように聞いたのか、お教え頂けないだろうか。

被差別部落民の識字率が低かったのは、不当な差別によって底辺の環境へ追いやられ、不安定で低賃金な職しか得られず、まともな教育を受けられない人が多かったからだ。

現在は露骨な就職差別などは少なくなったようだが、少なくともこの昭和30年代当時「父親は会社員です」という部落民の子は、殆どいなかったはずである。
差別調査に使われるという理由で、履歴書から本籍を書く欄が消えたのはつい最近のことだ。


社会に出れば、読み書きの必要に迫られることが多々ある。普通に教育を受けられた、比較的恵まれた環境にあった者は別として、それ以外の者は、最低限の読み書きを独学で習得するしかなかったのだ。


みんな読み書きができなかったなどという事実はありません

そういう事実がなかったのは、ウソをついているからではなく、その人が努力をしたからだ。
「部落民はみんな『読み書きできなかった』とウソをついている」とでも言わんばかりの書き方をしているWolfgangに、御年配になって恥を忍んで識字学級に通う被差別部落民の方の気持ちは、毛ほども理解できない(いや、する訳がない)であろう。
そうした人の中には、字が読めないことを他人に知られまいと、わざと人前で新聞や本を広げて“読めるフリをする”人もいるのだ。何だか悲しい話だが。
仮に1.で書いた石田証言が事実なら、石川氏の行動がそうでなかったと誰が断言できよう。


>要は人それぞれです

ここはWolfgangにしては、珍しくまともなことを言っている(笑)。だがその後の「〜偏見にすぎません」はケッサクである。

本項17.「ならず者が警戒されるのは当然です」だの、21.で、あたかも証人が部落民から脅迫されたと誤解させるような、偏見丸出しの文章を書いた者が、いきなり高みから「〜偏見にすぎません」とお説教である。片腹痛いとはこのことだ。



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