■ビデオ仲間へのクレームの手紙 

吉岡 忍著「M/世界の、憂鬱な先端」 (2001/文藝春秋)より。全文ではなく抜粋。吉岡氏の文章とともに引用。「」内が宮崎の手紙。


――このころ宮崎はねちっこい長文の手紙を会員らに書き送った。だれかがテープを紛失したとか、郵便小包で送ってほしいと書いたのに、なぜ宅配便でおくったのかとか(中略)――相手を痛烈に批判したり、自分は悪くないと強弁したりという手紙である。

「では、これからお返事を書きますので、すべて読んでくださいね」とはじまる、便箋四枚にこまかな文字をびっちり書き込んだ手紙がある。宮崎が送ったテープを、相手がなくしてしまったらしい。脱会して謝る、と相手は言っている。ところが……。
「俗世間では、そういう貴方のやり方は無謀だと誰もが認めるはずです。なぜ脱会して責任をとるのが無謀なのか、おそらく貴方は思うはずでしょうから、そのことからお話します。いまの貴方では小包をなくした本人に対して『すみません』を言わずに、『許してもらうために、ぼくは何々します』と、まず言うはずです。ものをなくされた本人がいつ『脱会して責任をとれ』と言いましたか?

当方が言いたいのは『自分の罰を自分で考える人がどこにいるんだ!』と言いたいのです。虫がよすぎると思いませんか。なぜ罰を受ける側の貴方が、自分の罰を考えて、それをみやげに許してもらいにゆく気なのでしょうか。

貴方が責任をとってやめたい、やめたくないを考える前に、いつ、なくされた本人が、貴方に、やめろと言ったのでしょうか?脱会をするならするで、迷惑をかけたその人が『脱会してくれ』を言ってからのことではないでしょうか?……」

という調子で、たたみかけるように独特の理屈をこねくりまわし、ねちねちと書きつらねている。――



05年頃に、宮崎が獄外の知人に開設してもらった「被告人たちです」という、ホームページがある。
http://happytown.orahoo.com/hikokunin-e/
獄外の知人とは「M君裁判を考える会」の三浦英明氏である。かつて小笠原和彦氏らとともに、獄中の宮崎に「この事件が冤罪なら、自分たちが支援者となる」旨の手紙を何通も送ったが、無視され続け、面会も拒否されたという。

しかし最高裁で死刑判決が出る半年ほど前にいきなり「ホームページを作りたい」と、三浦氏に開設を依頼したらしい。

そこには宮崎の自著の宣伝や、最近読んだマンガ本のコメント等とともに、「子供を本当に守るには」という長文がある。

富士川明美という名が記されているが、(カッコ)や「ちなみに」の多用、「です・ます」調と「である」調の混同、小学生レベルの悪文と、間違いなく宮崎本人が書いた文章である。“今田勇子”以来、女性名のペンネームが趣味なのだろうか。

内容は有害図書規制と死刑制度に反対する主張だが、どなたかが書いていた通り、勝手な思い込みと自己肯定に満ちた、意味の分かりづらい文章だ。

だいたい自分の欲望で4人の女の子を殺した男から「子供を本当に守るには」とお説教されるというのも、何だかなァであるが。

この文章自体はどうでもいい、取るに足らないものだが、書き出しの「ぜひこの論文を最後まで、最低3回はお読み下さい」と、読み手に強制する辺り、上記ビデオ仲間にあてた手紙の「すべて読んでくださいね」に通じるものがある。やはり、人間はそう変わるものではないようだ。


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