■小峰峠の幽霊

――89年春ころから、小峰峠に幽霊が出るとの噂が立った。幼女が手を振っており、よく見ると手首がない‥‥しかし、宮崎の逮捕後は出なくなったとか。――

佐木隆三著「宮崎勤裁判 」(1991/朝日新聞社)より

筆者が初めて小峰峠にまつわる幽霊話を目にしたのは、この佐木隆三氏の一文であった。

「宮崎の逮捕後は出なくなった」とあるので、佐木氏が五日市町(現・あきる野市)での取材中に、小耳にはさんだ話なのだろうか。

猟奇的な殺人事件や事故が報道されると、現場にちなんだ幽霊話が立つのは世の常であろう。そこにはバッチリ“いわく”があるのだから。

今野真理ちゃんと吉沢正美ちゃんは88年に小峰峠付近(実際はかなり離れてるが)で殺され、遺体は1年近くも放置されていた。幼女の霊が目撃されても、さもありなんな説得力がある。

しかも“手首のない幼女”の幽霊とは結構なインパクトだ。4人目の被害者、野本綾子ちゃんの遺体は首手足を切り離されて捨てられていたのだ。




●幽霊は綾子ちゃん?

だが小峰峠の幽霊と綾子ちゃんの事件を結びつけるのは、かなり無理がある。


他の二人と違い、殺害場所は45キロ離れた江東区だし、胴体と頭部はそれぞれ、小峰峠とは反対方向に20キロ近くも離れた地点で発見されている。

また、綾子ちゃん殺害は89年6月6日で、宮崎が逮捕されたのは7月23日である。“手首のない幼女の幽霊”が綾子ちゃんの霊だとしたら、その活動期間?は実質2ヶ月程度ではないのだろうか。佐木氏の書く「89年春ころから」も少々時期的には早すぎる。

まァ筆者も、不謹慎ながらこの手の怪談話は興味がない方ではないので、こんなツッコミは我ながら不粋とは思うが。




●秋川新聞の記事

もうひとつ気になっていたのは、この“小峰峠の幽霊”を宮崎の父親が発行していた地方紙[秋川新聞]が記事にしていたという話である。事実なら奇妙な因縁を感じる話だ。

ネット情報だと何やら、深夜に小峰峠を通ると、手首の無い幼女が手を振って「たちけて…」と声をかけるという。そんな記事が88年10月2日の秋川新聞に載ったというではないか。そこで、実際に調べてみた。


秋川新聞 昭和63年10月2日発行 第1684号より

‥‥???

何とも古典的な“タクシーと女の幽霊話”で拍子抜けだ。手首の無い幼女の話は、他のどの号にも載っていない。しかも女の人とあるので、 一連の事件と関連づけるのもちょっと苦しい気がする。

どうやら“手首の無い幼女の幽霊話が秋川新聞に載った”は、佐木氏の話とミックスされたガセであろう。

この記事は地元で反響があったようで、以後の発行分にも「私も見た」等の投稿が載っている。この時期に小峰峠の幽霊の噂が流れたことは事実のようだ。

宮崎の父親は、依頼原稿以外のちょっとした記事は自分で書いていたそうなので、恐らくはこのコラムも父親筆と思われる。

その秋川新聞は、宮崎の逮捕後、89年8月6日号を最後に廃刊した。



                         週刊明星89年9月28日号より                       女性セブン89年9月28日号より

さすがに一般誌は扱わないが、女性誌や芸能誌では、事件直後からたびたびこの幽霊話が載っている。

だが「女の幽霊」が「子供の幽霊」に変化するも、“手首の無い幼女の幽霊”はどこにも出てこない。佐木氏が事件当時にその話を聞いたとしても、一般に流れたのは[宮崎勤裁判]出版の91年以降のようである。



●現在

秋川新聞の記事中にある「頂上のトンネル」とは旧小峰隧道のこと。ここは宮崎事件の前から、地元ではお化けトンネルとして有名だったという。

02年に新小峰トンネルが開通してから、旧道は廃道となり、旧小峰隧道は利用者もなくうち棄てられている。だが心霊スポットとしては現在も現役のようだ。


あきる野市側から見た新小峰トンネル。このすぐ隣に旧道入り口があるので、進んでみる(車では進入できないので徒歩で)。




“小峰峠”の道標(八王子市側)。現在は見上げる人とて無い。



これが旧小峰隧道。大正時代に作られたレンガ造りの美しいトンネルだが、現在はすっかり朽ちている。石造りの銘板も“道隧峯小”と旧字の右書きだ。道幅が非常に狭く、これでは不便さゆえ、廃道となっても仕方ない。
鬱蒼とした日陰だったのでフラッシュ撮影をしたところ、通称オーブが写ってしまった。だがこれは心霊現象でも何でもない。

それより白いモヤ状のものが、画面を斜めに横切るように写ったのが気になると言えば気になる。

もちろん肉眼でこんなモヤは見ていない。撮影時は筆者一人で、タバコは吸っていないし、シャッターを切るときはブレないよう息を止める習慣なのだが…


●位置関係



位置関係としてはこうなる。心霊スポット系のサイトではよく「小峰トンネルの上で幼女が殺害された」等と書かれているが、その手の話はどれもガセである。

真理ちゃん、正美ちゃんの遺体発見現場は戸倉(字名は日向峰)の山中であり、旧小峰隧道とは2キロほども離れているのだ。

結論として、小峰隧道そのものは昔からの心霊スポットであったが(いわくは不明)、後から幼女連続殺害事件と無理やり結びつけられ、その手のデマが広まっただけであろう。


●稲川氏の話

05年発売のDVD「稲川淳二の怪談伝説!2」に収録された「不思議なトンネル」の話も、この手のデマ拡散に一役買っているようだ。テキスト化されたものはこちら↓。
http://www.geocities.jp/tdtqg860/miyazaki19.html

この話に出てくるトンネルは青梅市の有名な心霊スポット“旧吹上トンネル”なのだが、名が明かされてないので、人によっては小峰隧道と勘違いしてしまうかも知れない。

小峰隧道は金網で塞がれてなどいないし、トンネルの中に身を潜めていた宮崎を警察が山狩りで捕まえたなど、全くバカバカしい作り話だ。

まァ、稲川氏の怪談話はエンターテインメントであり、それ自体に何も罪は無いが。



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