■A氏の奇妙な発言の数々


一橋文哉著「塗り潰されたシナリオ」の冒頭、警察官僚のA氏なる人物が「宮崎の部屋をマスコミに撮影させたのは、警察による印象操作作戦だった」という話を、滔々と語っている。
だがこのA氏の発言は、胡散臭さ炸裂なのだ。

いや、そもそも「塗り潰されたシナリオ」のパクリだらけの本文や、極めつけ「スウィ―トホ―ムのビデオ」捏造話に及んでは、こんな人物の実在すら疑わしい(「スウィ―トホ―ムのビデオ」参照)。

ともあれそのA氏の、マスコミ関係の発言を検証してみよう。



●「警察が部屋を公開」のデマ



(「塗り潰されたシナリオ」14・26ページ)

この話だと、警察は頭蓋骨が見つかる前から、宮崎が一連の事件の犯人と確信していたというのだ。まるで小池壮彦氏の怪しげな陰謀話そのままだ。
だが仮にそうだとしたら、頭蓋骨の鑑定中などという、中途半端な段階でマスコミに発表する訳がないではないか。

きっちりクロの物証を添えて「一連の事件の犯人を逮捕しました!」と発表し、〈警察のお手柄〉を鮮やかに演出したはずである。妙な印象操作など必要ない。

〈骨は出たが鑑定中〉→〈容疑者もまだ犯人と断定できず〉→〈父親がマスコミを部屋に入れるのを防げず〉→〈翌日、やっと容疑が固まり再逮捕〉――実際はこんなモタモタした展開だったのである。

だいいち、あの部屋の映像は“分かりやすく”などなかった。
幼女を残忍に殺した犯行と、部屋に積まれた子供向け番組のビデオ、アニメのポスターのギャップ。世間はその訳の分からなさに恐怖したのだ。
少女のヌードポスターの一枚でも貼ってあった方が、まだ分かりやすかったろう。



(同24ページ)

時系列もメチャクチャだ。頭蓋骨は10日午前に発見され、それが記者会見で発表されたからマスコミが殺到したのだ。



(同25ページ)

A氏の発言は、とても警察関係者とは思えないおかしなものばかりだ。

>「マスコミや世論を巻き込んで、取調べの時間を稼ぐ作戦だった」

時間を稼ぐもなにも、被疑者の拘留期限は逆立ちしても最長23日間までと決まっている。それとマスコミや世論と、何の関係があるというのだろうか。

ちなみに“ある事情”と何度も思わせぶりに書かれるが、結局その事情とやらは最後までウヤムヤのままだ。



(同26〜27ページ)

>「マスコミは我々の予想した以上に“危ない部屋”として撮影してくれた」

笑止である。犯人の異常性を強調したりしたら、公判で不利になるのは検察側の方なのだ。



(同26ページ)

>「我々はマスコミに部屋の中に入ってみるよう、それとなくけしかけた」

くどいようだがマスコミを部屋に招き入れたのは警察ではなく、父親なのである。そのとき父親が「それはできない」と断ったら、作戦もへったくれもなく、それまでの話ではないか。

それについてのフォローがふるっている。



(同26ページ)

これではもはやバカバカしい「後出しジャンケン」である。



●「監視役」のデマ

何より、最も怪しいのは以下の発言だ。



(同26ページ)

>「監視役の捜査員を密かに配置しておいた」

――!?
宮崎の8畳の部屋は四方がビデオや棚で埋まった、実質四畳半程の狭いスペースで、取材陣は各社順番に入って撮影するしかなかった。
この話だとその狭い部屋に、自社の取材クルーではない、見知らぬ男が立って監視していたことになるのだ。

そんな男が部屋にいたなどという話は、一言たりとも残されていない。5、6人も入れば一杯のスペースに部外者が立っていたら、誰しも不審に思うはずである。「密かに配置」も何もないものだ。

この「監視役の捜査員」は明らかにA氏(一橋氏?)の作り話である。その証拠が以下の記事だ。

(週刊新潮89年8月31日号より)

本当に「見知らぬ男が監視していた」のならば、こんなことはできないはずであり、床のエロ雑誌の並べ替えなどもできなかったはずである。
また、取材陣が部屋から物を持ち出す際、その見知らぬ男とは悶着があったはずだ。そうでなければ監視役の意味がない。

下の記事では、取材クルーが宮崎の部屋からノートをパクっていたことを、図らずも自ら暴露している。

(毎日新聞89年8月11日)

「十日、見つかった」ということは、彼らが部屋に入った日にゲットしたということである。

●供述をデッチあげる一橋氏

マスコミの火事場ドロボー的行為の是非はさておくとしても、ともあれこの「塗り潰されたシナリオ」に登場するA氏なる人物は、どうやら一橋氏の脳内キャラのようだ。

ご自分の空想を「知り合いの警察関係者が語った話」に見せかけて、リアリティーを出そうとしたのだろう。それを如実に示しているのが以下の文だ。



(「塗り潰されたシナリオ」284ページ)

「今田勇子の名は“漫画の女刑事の名を借用”と“今野マリを分解して作った”」話を、まるで「警察ルートから独自に入手した情報だ」とでも言わんばかりに書いている。

だがこんなことは、事件直後からとっくにあちこちで書かれていたことなのだ。


(「幼女連続殺人事件を読む」JICC出版局/1989より)


(日刊スポーツ89年8月14日)

(日刊スポーツの記事はここでも「可能性があることが分かった」である(笑))。


ちなみにこの「毒をくらわばサラミまで」が掲載された女性漫画誌「Labien(ラビアン)」88年6月号は、宮崎の部屋からは見つかっていない。

そもそも女刑事の名前借用説も、“今野マリ”分解説も、宮崎は供述で語ってなどいない。全て周りが勝手に「これが元ではないか?」と推測した話が一人歩きしただけなのだ。「血肉の華」や「スウィ―トホ―ム」同様に。


(朝日新聞89年9月23日)  (毎日新聞89年9月22日)

よってこの284ページの供述も「スウィ―トホ―ム」と同じく、一橋氏のデッチ上げである。

●写真に関する大ウソ



(同25ページ)

被害者女児の写真を掲載することには正直抵抗があるのだが、このふざけた文章の欺瞞を検証するためであり、お許し頂きたい。

ここで言っている“都合のいい写真”とはこれらの事であろう。


アサヒグラフ89年8月25日号より

上の文章では「犯人憎しの世論を盛り上げるため、警察がマスコミにタイミング良く“可愛い写真”を提供したのだ」とでも言わんばかりだ。

頭がどうかされているのだろうか。これらの写真は事件発生当初から約一年間、あらゆる報道で使用され続けてきたのだ。宮崎逮捕時に“偶然マスコミ各社に揃った”訳ではない。

使用された女児の写真は基本的にこの4点のみである。逮捕時に都合よく公開された“可愛い写真”など存在しない。


●大ウソその2



(同26ページ)

宮崎が綾子ちゃん殺害を自供した8月10日、まず午後のワイドショーで流されたのが、この学生時代の写真である。

(「幼女連続殺人事件を読む」JICC出版局/1989より)

8月10日はまだ、宮崎に綾子ちゃん事件での逮捕状は執行されていない。指名手配を除き、そんな時点で、警察が被疑者の顔写真をマスコミに配布するなどあり得ないのだ(指名手配も逮捕状発布後でなければできない)。

これは五日市町に駆けつけたマスコミの一社が、学校関係者か同級生から入手し「勝手に」公開した写真である。
宮崎が正式に綾子ちゃん事件で逮捕となるのは、翌、8月11日。それ以降、テレビで嫌になるくらい流されたのが下の写真だ。

(同誌より)


これは八王子のわいせつ事件で逮捕された際の被疑者写真。すでに警察の手元にはこの写真があったのだ。わざわざ“密かに働きかけて”学生時代の写真を先に公開させる必要など、どこにあったのか。

A氏の話は何の説明にもなっていない。上と下の写真を続けて見せたところで、それのどこが「冷酷非道な犯人像を作り上げた」ことになるのだろうか。
警察もマスコミも大混乱だったあの8月10日に、そんな、どうでもいいような印象操作作戦が秘密裏に仕掛けられ、スムーズに現場に伝達されたなど、全くの絵空事だ。

たまたま“使用前、使用後”的な二枚の写真が流れたのをネタに、さも〈警察の印象操作があった〉かのように話をデッチ上げているだけである。

“危ない奴”ならこの写真一枚で十分だ(笑)。



●消えた「一橋文哉」


「塗り潰されたシナリオ」の怪しげな箇所を指摘しだしたら枚挙にいとまがない。せっかく貴重な警察の内部資料が掲載されているのに、本文はパクリと作り話まみれだ。

このように書いたところで、一橋氏は痛くも痒くもないはずである。なぜなら「一橋文哉」はペンネーム、しかも言わば“使用済み”の名前だからだ(由来は一ツ橋のブン屋、つまり元毎日新聞記者―らしい)。

氏は2002年以降、一橋名義の著作を発表していない。ときおり「新潮45」に散発的に記事を書いていたのみのようだ。どこかでまた別ペンネームで、怪しげなルポを書いておられるのかも知れないが。

今さら、この事件に興味を持って関連本を手に取る人もいないだろうが、内容的には相当胡散臭いことだけはお伝えしておきたい。



●追記・2012・6

上記の文章をアップしたのは2012年3月頃だが、同じ頃に一橋文哉氏は「人間の闇 ――日本人と犯罪<猟奇殺人事件> 」(2012/3/10)という本を出しておられた。一橋名義の著作はほぼ10年ぶりと思われる。


今回はあらゆる猟奇殺人事件のルポを網羅している。宮崎事件にも一章を割いているが、内容は「塗り潰されたシナリオ」を10数ページに圧縮したダイジェストのようなものだ。何も新事実は書かれていない。さすがに今回は「押収ビデオリストに『スウィ―トホ―ム』があった」等のウソ八百は書いていないようだが。

章のラストで宮崎の死刑執行について触れているが、それとてほんの数行、ネットニュースを引き写した程度の内容である。

ちょっと笑ってしまったのは、巻末の参考文献一覧だ。何と堂々と自著「塗り潰されたシナリオ」を載せている。参考文献に自著を載せるのも珍しいが、ご自分のデタラメ本が“参考”とは、変わった御仁である。



●追記・2012・7

その後改めて調べてみたところ、この一橋文哉なる御仁は、想像以上にタチが悪い人物だということが分かった。

今は無き「噂の真相」誌が、かつて二度にわたり、一橋氏の盗作・捏造疑惑をすでにスッパ抜いていたのであった。

                            噂の真相 02年7月号より  噂の真相 96年7月号より

同誌のバックナンバーを読んでみた。一橋氏の記事「オウム帝国の正体」「世田谷一家惨殺事件の恐るべき“真実”」での、盗用、捏造部分が具体的に何ヶ所も指摘されている。

その手口は、筆者が「スウィ―トホ―ムのビデオ」で指摘したものと、全くウリ二つであった(一部のニュアンスだけを変えた丸写し、架空の人物を登場させての発言の捏造、等々)。


                              同誌 02年7月号より   同誌 96年7月号より

とっくの昔、10年以上も前に、氏がインチキジャーナリストだったことは暴露されていたのだ。何度も発言を検証していながら、今頃やっとこんなことに気づいた不明に、恥じ入るばかりである。
今となってはお恥ずかしい告白もせねばなるまい。筆者は「塗り潰されたシナリオ」を刊行当時に読んで「すごく突っ込んで調べてある。さすがはジャーナリストだ」と思ったのだ(爆)。

何しろ一般人が見ることのできない、警察の内部文書の図版を使用しているのだ。問題のA氏の発言も当時は全て事実と思っていた。まんまと一橋氏のペテンにハメられていた訳である。



同誌 02年7月号より

氏の正体については“一ツ橋のブン屋”や、複数人によるゴースト説もあるが、元サンデー毎日のH記者こと広野伊佐美でFAのようだ。

上の「噂の真相」誌の取材の様子では、この人物は一応実在するようである。



同誌 02年7月号より


「新潮45」編集部は96年頃に、一橋氏の記事が盗用だとの抗議を受け、謝罪したことがあったという。ここで疑問なのだが、そのような みっともないことになった場合、そんな手クセの悪いライターは即お払い箱になるのが普通である。

しかし奇妙なことに、一橋氏は何のおとがめもなく、平然と2010年頃まで「新潮45」に怪しげなルポを掲載し続けているのだ。
こんなコソ泥ライターを10年以上飼っている「新潮45」とは何なのか?クビにできない事情でもあるのか?と、勘ぐってしまう(ただし最新刊は新潮社からでなく角川書店から発行。これも「?」である)。

一橋氏については下記リンクも参考に。法廷の場においてまで、編集長が一ライターの匿名を守るとは、一体何事なのであろうか。
http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/kd_diary.cgi?viewdate=20050223




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