キテレツな“自白”の数々

石川氏がどのように犯行を行なったか、自白に基づいてまとめられた一審判決文がこちら。(罪となるべき事実)のところ。

http://www.geocities.jp/enzaisayama/siryo/1sin.html

少々長いが、もう、ツッコミどころ満載と言うか、大の大人がこんなストーリーを事実と認定したとは、信じがたいものだ。

走っている自転車を止めた?


自転車に乗って通りかかった下校途上の中田善枝に出会うや、とっさに彼女を山中に連れ込み人質にして、家人から身の代金名下に金員を喝取しようと決意し、彼女の乗っていた自転車の荷台を押えて下車させたうえ―

(一審判決文)


走ってくる女子高生を見かけて「とっさに」誘拐を思いつくこと自体が理解不能だが、このとき石川氏は「荷台を押さえて自転車を止めた」という。しかも片手に牛乳ビンやら弁当箱を持ちながら。

そんなことが可能かどうか、試してみれば良い。走っている自転車を急に止めたら、二人ともバランスを崩して転んでしまうだろう。まるでドリフのコントだ。

しかも現地を見れば分かるが、通称“出会い地点”は緩い下り坂で、ゆっくり走ってもスピードが出てしまうところだ。

取調べの調書では「あっ、そうか。荷台にはカバンがくくりつけてあったんだっけ」と気づいたのか、「荷台を押さえた」から「カバンを押さえた」とコロコロ変遷している。カバンを押さえて自転車を止めるなど、より困難なはずなのだが…

ノコノコついていった善枝さん


同女を(中略)雑木林に連れ込んだ。その途中で逃げられないため同女の自転車を取り上げて自ら押して歩き、なお、同女からその氏名は(中田善枝)で、父は(中田栄作)であること及び住所は同市堀兼方面にある落合ガーデンの手前のたばこ屋附近であることなどを問いただし―(同)

自白で“出会い地点”とされたX型十字路。当時の風景。

解放同盟刊「真実を求めて」より転載

奥の雑木林まで約400メートルのこの道を、誘拐する者とされる者がトボトボ歩いたことになる。しかも名前や住所を、見ず知らずの男に素直に答えながら。あり得ないというか、もはやシュールな光景だ。

(筆者もこの道は現地調査で歩いたが「この距離を歩いたァ!?ウソでしょ?」と感じた。こうしたことは、なかなか資料だけでは実感できない。)

ちなみに善枝さんの身長は158センチ、石川氏は155センチ。数センチとは言え、善枝さんの方が背が高いのだ。気が強く、スポーツウーマンとの評判もあった彼女が、突如現れた得体の知れない男に「ちょっと来い」と言われてノコノコついていくものだろうか。

逃げられないため?


…山へ入るちょっと手前で私が自転車を持つよと言って受け取り私が転がして行きました。

(6・23青木調書)


「私が自転車を持つよと言って受け取り」―何だかホノボノとした、青春映画の1シーンにすら感じる(笑)。


それから私は山の中へ入る少し手前で『自転車を俺が持つよ』と言って私が自転車を持ちましたが、これは自転車を押さえておいて善枝ちゃんに逃げられないために持ったのです。

(6・29青木調書)


「逃げられないために」という理由がここで初めて出てくる。目的地の林に着いてから、今頃逃走を警戒するというのもアレだが、自転車を持つことがどうして「逃げられない」ことになるのか?何を考えとるのだ?この犯人は。

『無実の獄25年 狭山事件写真集』より

(弁護団による自白再現実験の写真。これを見るだけでもマヌケ過ぎて笑ってしまう)


問:それで君はこの娘が中田栄作の娘だということが何時わかったか。

答:私がこの娘の自転車を停めてこの山のところに来る時歩きながらきいたのです。いやきいたと思うのです。

(6・23青木調書)


捜査員は「このまま石川を犯人にデッチ上げれば一件落着だ」と、安心していたのだろう。余計な一言まで調書に録取してしまった。

脅迫状に「中田江さく」と書いてあった以上、どこかで父親の名前を聞き出したことにしなければならなかったのだろう。

この「いやきいたと思うのです」以外にも、「という気がします」「後で考えておきます」など、自供調書が捜査員と石川氏による手探りの合作シナリオだと思わせる箇所は、いくつもある。

善枝さんは人形?


同女を(中略)所携の手拭で同女を該立木に後手に縛りつけ、(中略)俄かに劣情を催し、後手に縛った手拭を解いて同女を松の木からはずした後、再び右手拭で後手に縛り直し―

(一審判決文)


見ず知らずの男に林に連れ込まれ(というより『ついて行って』なのだが)、何をされるか分からない状況なのだ。縛られるとなったら、身の危険を感じて大騒ぎするはずではないか。

それを全くされるがままに、一度ほどかれたものを「はい、どうぞ」とばかりに、もう一度縛り直させている。こんな被害者が実在するとは信じられない。

判決文ではこの時、ポケットに「当初、幼児を誘拐するつもりで用意していた」細引きひもを持っていたとされる。ならなぜ、そちらを使わず、手ぬぐいなどで縛るのか。

発見された善枝さんの死体の状況から無理やりストーリーを創作したので、こんなコッケイな場面になってしまった訳である。

※注―細引きひも

判決文では、死体に結び付けられていた、不可解な二本の細引きひもの説明のためであろう、石川氏が「どこかで拾って持ち歩いていた」ことにされている。二本のひもはそれぞれ、太さが8ミリ、長さが2メートル60センチ、1メートル45センチである。

筆者は同じ太さと長さの、同様のひもを束ねてみた。それは握りこぶし大程の大きさになる。そんなものをポケットに入れていたらパンパンで、他の物が入らないと思うのだが…。

ちなみに手ぬぐいについて。弁護団の再現実験で「よほど被害者が協力してジッとしていないと、短い手ぬぐいで両手を縛るのは無理」という結果であった。



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